
今回のPigUPは世界トップクラスの鉄鋼生産規模を誇る日本の鉄鋼メーカーであるJFEスチール株式会社(以下JFEスチール)です。JFEホールディングスは2015年からはじまった「攻めのIT投資銘柄」時代から何度もDXに先進的に取り組みつづけ、「DX注目企業2023」に選ばれています。その中核企業であるJFEスチールの4カ年で1150億円をDXに投資し、成長と競争力強化への取り組みについて注目しました。
目次
積極的なデータ活用で競合優位性を高める
JFEスチールはコンピュータを早い段階で取り入れていたため、長い事業活動の中で蓄積されたデータ資産がありました。それを源泉として「積極的データ活用により、競合優位を獲得」を全社方針としてDXをすすめてきました。DX戦略の柱として「1.IT構造改革の断行」「2.データ活用レベルの高度化」「3.ITリスク管理強化」を据え、攻めと守りの施策を同時並行で進めています。
(参照:JFEグループ「DX説明会資料」)
「守りのDX」概念データモデルの形成とIT構造改革
鉄鋼業は基本的に受注生産でビジネスを行っており、トランザクション数(取引における業務工程数)は少ないがトランザクションの中の項目数が非常に多いという特徴があります。JFEスチールはこのトランザクションの特徴を考慮し、データ視点で基幹システムのあるべき姿を定義する「概念データモデル」を採用。これをもとに基幹システムを再構築した「J-Smile(JFE Strategic modernization & innovation leading system)」を2007年から運用しています。
J-Smile構築経験から得た知見を、DX1つ目の軸としている「IT構造改革」に活かしました。(図:J-Smile<データ重視のIT化アプローチ>参照)レガシーシステムをオープンな環境へ移行することで、2025年の崖対策となるIT構造改革を順次すすめているようです。
(参照:JFE「ITによる業務変革~JFEスチールの挑戦~」)
最小限のコストでリスクを低減
JFEスチールは、レガシーシステム移行方法のひとつであるERPからERPパッケージで有名なSAP製品を選択。SAPの導入は他日本企業に比べると遅い導入ではありましたが、当初目的としていたIFRS(国際会計基準)対応のため1年程度でグループ会社含め約80社に「共通会計システム」の導入に成功しています。SAPはアドオン数が増えればその分開発コストもメンテナンス負担も増えてしまいますが、JFEスチールではプロジェクト単位でアドオン判定会議を実施し、アドオンをひとつひとつ検証したことで共通会計システムのアドオン率を4%にとどめています。
今ではSAPの導入を会計システムだけではなく、資材と設備管理(EAM)の領域でも進めています。ビッグバンアプローチではなく、段階的に導入することでリスクの低減を実現しています。
CPSで「攻めのDX」
SAPで守りの体制を固めつつ、JFEスチールはCPS(Cyber Physical Syste)で攻めのDXをすすめています。CPSとは、実世界における多様なデータをセンサーから収集し、サイバー空間で分析や予測し、その結果をビジネスに役立てる仕組みを指すことです。
JFEスチールは鉄鋼メーカーにとって最重要装置となる高炉からCPSを実施しています。例えば、最上流工程の銑鉄の生産に適用すると、高炉の中の燃焼温度や圧力などのデータを収集し、デジタルツインを用いて炉内の状況をサイバー空間で表現。その運用過程で得られるリアルタイムデータを用いて、予測モデルを構築すると、炉内の稼働状況からこれから起こりそうな事象を事前に検知できるようになります。
これにより、現在は12時間先の予測を行い、異常を検知したらオペレータガイダンスが取るべき行動を提案する仕組みを開発したとのこと。以前では熟練したオペレーターの経験と勘によって行われていたことが、データ活用によって人に依存することなく行えるようになっています。
また、新しいビジネスの創出にもCPS化が重要となります。JFEスチールは技術者のサポートにより鉄鋼生産に関わる技術やノウハウを海外に提供することをビジネスとして手掛けていますが、CPSが完成すればSaaS形式でのサポート提供が可能となります。ここから新たな収益増加も期待できるとのこと。将来のソリューションビジネスの提供に向け、JFEスチールではCPS化と共にサービス提供プラットフォームの整備も進められています。
(参照:JFEスチール「DXレポート2023」)
データ・AI・ノウハウの積極的な活用
製造業は国際的な価格競争にさらされると、利益が出しづらい状況です。そこでJFEスチールは、これまで蓄積された高級鋼製造ノウハウ、老朽設備への対策、予知・予兆管理に関わるデータは競争力の源泉であるとして、それらのデータの高度活用を戦略的テーマとして掲げました。ここに最新のデータサイエンス・AI等を縦横に活用することで、革新的な生産性向上、品質向上、安定操業等を実現し、競争力向上に役立てていくことを方針としています。
JFEスチールでは、過去20年間の膨大な故障データを高度活用するため、IBMのAI技術「IBM Watson」を活用した制御故障復旧支援システム「J-mAIster」を2017年に導入し、2018年度に全製造ラインに展開。導入以降、設備トラブルからの復旧時間を約3割削減するなどの成果がでています。さらに社内の他のシステムとの連携など、本格的に運用されています。
また、J-mAlsterをさまざまな製造システムに適応するよう汎用化することで、国内外に提供し新たなビジネスとして展開しています。
(参照:JFEスチール)
さらなる事業変革と人材育成
JFEスチールは外部に頼らず社内でDXを推進できる体制を目指しています。
育成計画では、①DS先駆者 ②DS伝道者 ③DS活用者 ④DS利用者、の4つの階層で育成を行い(DSは「データサイエンス」の略)、2024年度末までに① ②合計で600人を育成する目標が報じられています。③④の階層においてはさらに多くの社員を対象としており、③DS活用者は技術系の社員全員が対象。④DS利用者は事務系社員も含み、eラーニングで実施する「AIリテラシー習得講座」(前述)の実施により養成する方針を持っています。
DX推進体制では、JFEスチールは2020年、各製造部門の統括部署がそろう本社にDX推進拠点「JFE Digital Transformation Center(JDXC)」を開設。全製鉄所・製造所の操業データを統合的に活用できる環境を備えた拠点を設けることで、DXをさらに推し進めています。
全社的にデータ活用・DXに取り組むJFEスチール。競争率の激しい鉄鋼業界における先進企業として、今後のデータ活用の新たな取り組みにも注目です。